春日山城②上杉景勝屋敷、柿崎屋敷、鐘楼、御成街道へ

大手道から南三の丸まで上がってきました(春日山城跡めぐり① 大手道~南三の丸)。ここからさらに本丸付近を目指します。ルートはこんな感じ。

春日山城跡めぐり(城のみ)

(画像はクリックで拡大します)

 

上の平面図だと分かりにくいですが、立体図だとこんな感じになります。

春日山城 天守付近イラスト

 

南三の丸を過ぎると、途中の道も山道らしくなってきます。

春日山城 景勝屋敷へ1

 

木も雰囲気が出てきました。

春日山城 景勝屋敷へ2

 

柿崎和泉守屋敷

と思っていると、ぱっと開けて柿崎和泉守屋敷です。南三の丸を11時20分に出て、柿崎和泉守屋敷についたのが11時23分でした。

春日山城 柿崎泉守屋敷

 

柿崎屋敷は上杉謙信の重臣である柿崎景家の屋敷跡です。春日山城で最も大きな郭の一つだそうです。確かに広かったです。地図には城内唯一の水をためた跡と書かれていますが、それがどこかよく分かりませんでした。

春日山城 柿崎屋敷

 

柿崎屋敷までくると眺めも良くなってきます。

柿崎屋敷からながめ 春日山城

 

柿崎屋敷からは景勝屋敷に向かいますが、若干あがります。振り返って柿崎屋敷を見たところです。

柿崎屋敷 上から

 

御成街道を歩いて行きます。御成街道については最後にまた出てきます。

春日山城 御成街道

 

上杉景勝屋敷

御成街道を少しだけ歩くと左に折れる地点があります。左が景勝屋敷、右が鐘楼の郭です。

景勝屋敷と鐘楼

 

11時32分景勝屋敷に到着。

景勝屋敷跡 春日山城

 

上杉景勝は「御館の乱(おたてのらん)」で勝利をおさめ、上杉謙信の跡目を相続しました。真田幸村が上杉家の人質になった際にも上杉景勝と真田幸村は会っていることでしょう。なお、上杉景勝の有名な重臣が直江山城守兼続です。その後景勝は豊臣秀吉の五大老にもなっています。

春日山城 上杉景勝屋敷 反対から

 

景勝屋敷からの眺めです。

景勝屋敷からの眺め

 

先ほどの柿崎屋敷を景勝屋敷から眺めるとこんな感じです。位置関係が分かると思います。

景勝屋敷から柿崎屋敷

 

鐘楼跡

景勝屋敷の隣が鐘楼跡です。11時37分に到着。

鐘楼跡 春日山城

 

鐘楼跡の方が若干景勝屋敷よりも高いところにあります。鐘楼跡から景勝屋敷を見た所。

春日山城鐘楼跡から景勝屋敷

 

御成街道

柿崎屋敷から二の丸にかけて御成街道が通っています。左の山沿いの道が御成街道です。鐘楼屋敷から眺めたところです。

春日山城 鐘楼跡から

 

上杉謙信と関白近衛前嗣は、謙信が2度の上洛をしたことから親交がありました。そうした縁もあり関白近衛前嗣は1560年越後に下向し3年滞在しました。というわけで関白近衛前嗣が通ったことから御成街道と呼ばれたそうです。

御成街道看板

 

この後は御成街道を通って二の丸、三の丸、景虎屋敷を目指します。次へつづく。

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