春日山城⑤ 地図や紅葉、お花畑、護摩堂、毘沙門堂見物

春日山城で一番よかった帯郭を見終わりました(春日山城散策④ 一番よかった帯郭 )。もう大分上まで来ています。

春日山城 帯郭上から眺める

(画像はクリックで拡大します)

 

これからは帯郭から少し上がってお花畑です(これまでの春日山城の記事の一覧はこちら)。

春日山城 縄張図

 

お花畑

春日山城のお花畑と言っても花は咲いていません。昔は薬草園だったようです。現在はごらんのとおりです。

春日山城 お花畑跡

 

毘沙門堂と紅葉

お花畑の横、不動院跡というところに毘沙門堂が建っています。

春日山城 毘沙門堂(不動院跡)

 

毘沙門堂の看板です。「このお堂には謙信の信仰した毘沙門天の尊像が安置されている。尊像は上杉景勝のとき会津を経て米沢に移ったが、1849年の火災で被害を受けた。昭和3年高村光雲が修理した(省略)。毘沙門天は悪魔を降す神であり、謙信公は自らの軍を降魔の軍とみなし「毘」の旗を陣頭にかざし、またことある時はこの堂前で諸将に誓いをたてさせた。毘沙門天は四天王のうち北方を守る多聞天でもある。この尊像は多聞天の姿であり、城の北方を守る意気を持っていたものと思われる」

春日山城 毘沙門堂看板

 

現在の毘沙門堂。

春日山城 毘沙門堂2

 

毘沙門堂の裏の景色。紅葉がもっと進んでいればすごくきれいでしょう。こちらの方からは攻めてこれないですね。

春日山城 紅葉

 

諏訪堂

上の春日山城の地図で言うところの諏訪堂です。奥に毘沙門堂とかかれた杭が刺さっていますが、昔はここに毘沙門堂が建っていたのでしょうか。

諏訪堂跡

 

護摩堂

謙信公が出陣前に毘沙門堂にこもったことはよく知られているが、護摩を焚いて戦勝や息災を祈祷したのがこの護摩堂である。

春日山城 護摩堂跡看板

 

現在の護摩堂はこうなっています。護摩堂は建っていません。奥の階段を登ると先ほどの諏訪堂だった気が。

春日山城 護摩堂跡

 

休憩所

唐突に休憩所です。護摩堂の横が休憩所です。通常であれば文句を言いたくなりますが、今回は休憩所を待ち望んでいました。

大手道を出発したのが10時55分。春日山城の休憩所へ着いたのが12時11分。出発して1時間ほどしかたっていませんが、トイレに行きたくてしょうがありませんでした。早く休憩所に着いてトイレに行きたいと思っていたのです。

しかし残念ながらトイレはありません。もう一度我慢です。道中トイレはありません。春日山城へ登る前には、必ずトイレに行っておくといいでしょう。

休憩所

 

休憩所には春日山城の大きな地図がありました。このパンフレット(春日山城跡めぐりの所要時間とそのルート)とほとんど同じです。春日山城の麓の地図も出ているので休憩がてら午前中のことを振り返りました。

春日山城 地図

 

本丸下

春日山城の本丸まであと少しです。上の地図を見ると本丸の下に広場のようなものがあります。そこから撮ったと思います。よく見ると二ノ丸、帯郭、三の丸のようなものが見えます。赤い屋根は麓の宝物館か春日山神社?

春日山城 本丸前

 

次は本丸です。つづきます。

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