旧前島家住宅の歴史 真田昌幸・幸村との縁

松代 旧前島家住宅 入口
(画像はクリックで拡大します)

真田幸村の供養碑、真田信之の墓などのある長国寺(前編後編)の次は旧前島家住宅に来ました。

 

真田昌幸・真田幸村と前島家の縁

旧前島家住宅の話の前に前島家の歴史について。なぜなら、前島家の2代目の経歴がなかなか興味深いからです。

松代 前島家の歴史

 

上の案内「前島家の歴史」に書いてある通り、もともと前島氏は真田幸隆のころから真田家に仕えていたと言われているそうです。古くからの家臣だったのですね。

そんな歴史のある前島家ですが、興味深いのは2代目の作左衛門一之という人です。

真田昌幸・真田幸村(信繁)父子は関ヶ原の合戦時、反徳川の西軍につきました。西軍は関ヶ原に負けるのですが、その結果、真田昌幸・真田幸村(信繁)父子は九度山に蟄居されます。

その真田昌幸・幸村の九度山蟄居に従った家臣は16人いたのですが、2代目の作左衛門一之はそのうちの一人なんだそうです。

さらに、真田昌幸が九度山で亡くなった1611年、作左衛門一之は上田に戻り真田信之に従います。そして1622年には松代に移封となった真田信之に従い松代に移りました。それ以後10代にわたり、西島家はこちらに居住していたそうです。

単に武家屋敷と言うだけでなく、こうした背景があると分かるとより興味が湧いてきます。

 

旧前島家住宅の様子

主屋

そんな歴史のある前島家の住宅。旧前島家住宅は観覧料金は無料です。それなのに立派なパンフレットがありました。それが下の画像です。

松代 旧前島家住宅 パンフレット

 

松代にはいろいろと無料で観光できるところがありますが、旧樋口家住宅(松代藩武家屋敷)といい矢澤家の表門といい無料なのにパンフレットがあるのはすごいと思います。

旧前島家の平面図は下の写真。主屋は宝暦9年(1759年)の建築であり、松代町に現存する武家屋敷の中でも最も古い時代のものだそうです。上のパンフレットの写真が主屋です。

松代 旧前島家住宅平面図

 

建物や庭園の一部は幕末から昭和の修理によって改変されているということですが、池・土蔵・三社を配した敷地は江戸時代の武家屋敷景観を良好に保持しており長野県宝になっています。

 

庭園

旧前島家住宅の写真ですが主屋の写真撮っていませんでした・・・。なぜだか分かりません。悔やまれます。部屋から庭を撮ったところはありました。

旧前島家住宅 部屋から庭園

 

そして縁側から庭を撮ったところもありました。

松代 武家屋敷 旧前島家住宅庭園

 

旧前島家住宅所要時間、感想とアクセス地図

旧前島家住宅ですが時間もあまりなかったことから結構急いで見た感じです。ボランティアの方にもお茶飲んでってと言われたのですが断ったので申しわけなかったです。ということで所要時間は約8分ほどでした。

重ね重ねになりますが、主屋を撮っておきたかったです。次は旧横田家住宅(松代藩武家屋敷では旧横田家住宅がおすすめ!)へ向かいました。

最後に旧前島家住宅のアクセス地図です。

 

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