信綱寺 真田信綱・昌輝の墓所があるお寺

信綱寺と古城緑地広場

古城緑地広場から向いの信綱寺(しんこうじ)へ来ました(画像はすべてクリックすると拡大します)。

 

信綱寺とは?

信綱寺まえの看板です。信綱寺とはどんなお寺なのか書いてあります。

信綱寺 看板

信綱寺伝によれば、この寺ははじめ、字梅ノ木にあって好雪斎大柏寺といいましたが、のちに打越に移して大柏山打越寺と称しました。やがて、須坂興国寺から順京和尚をまねいて、大柏山信綱寺としました。同寺所蔵の文禄3年(1594年)昌幸文書に信綱寺は真田昌幸が兄・信綱の位牌所として建立したとあります。

ここを信綱の墓所としたのは、真田氏の屋敷があった由緒あるところであるための推定されています。享保2年(1717年)に現在の高台に再建されました。

 

信綱、昌輝の墓へ行く際はパンフレットが必携

現在信綱寺には、長篠の合戦で戦死した真田昌幸の兄・信綱、昌輝の墓石があります。「お寺へ行けば、真田昌幸のお墓のある長谷寺のように案内看板などがあってすぐ分かるだろう」と思っていたのですが、すぐ分かりませんでした。

人もいないので誰にも聞けず、仕方がないのでパンフレットに情報がないか一旦車に戻りました。

その時役にたったパンフレットがこちらです。「真田三代に出逢うMAP 信綱寺・横尾・千古の滝コース」です。

真田三代に出逢うMAP 信綱寺横尾千古の滝コース

 

「真田三代に出逢うMAP 信綱寺・横尾・千古の滝コース」のなかに絵地図があり、この絵地図がよく分かりました。信綱寺にはお墓がたくさんあるのですが(この絵地図でいうと寺の左側)、そちらの方へ行っていたのです。あるのは右側です。見当違いの方角でした。地図みて助かりました。

信綱寺 拡大地図

 

墓前の桜

ということで、再スタートです。

こちらは墓前の桜です。長篠の合戦で戦死した真田信綱の首級、鎧兜は桜の樹下に葬られたそうですが、その桜がこの墓前の桜だそうです。パンフレット見てこの墓前の桜も知りました。

信綱寺 墓前の桜

 

そして、 墓前の桜の先が信綱寺の境内です。

信綱寺 本堂

 

迷わないように、さきほどの絵地図のとおりいったん中へはいって出てきました。するとこんな看板がありました。「真田公墓所」と書いてあります。

真田信綱昌輝の墓案内

右側の坂を上がっていきます。

 

昌輝夫妻・信綱のお墓へ

2,3分坂を上がると見えてきました。昌輝夫妻・信綱のお墓です。

真田信綱の墓

 

こちらが真田信綱の墓、案内看板です。

真田信綱の墓 看板

 

中央が信綱、左が信綱の妻、右が昌輝のお墓になります。

真田信綱.昌輝の墓

 

信綱寺の所要時間

以上が、信綱寺です。

今回はお墓の場所が分からずうろうろしたので、20分くらいはお寺にいました。スムーズに場所が分かれば所要時間はそんなにかからないだろうと思います。

ただ、私は行っていませんが宝物館があります(入館料が100円必要)。宝物館は事前連絡が必要なので、急きょ信綱寺へ行くことを決めた今回は、連絡できずあきらめました。

宝物館には信綱の首級を包んだとされる血染めの陣羽織などがあったりするので、おもしろそうです。宝物館へ行ったらもっと時間はかかるでしょう。

この後は、ゆきむら夢工房へ向かいました。

 

信綱寺へのアクセス

信綱寺へのアクセスはこちらの地図で確認できます。なお信綱寺では上記、「真田三代に出逢うMAP 信綱寺・横尾・千古の滝コース」があるといいでしょう。

この「真田三代に出逢うMAP 信綱寺・横尾・千古の滝コース」は、私は真田氏歴史館で入手しましたが、ゆきむら夢工房にもあると思います。

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