諏訪原城(静岡県島田市)前編

諏訪原城遠景

ひさしぶりに諏訪原城へ行ってきました。上は現地の看板に出ていた諏訪原城です。写真で分かるとおり山城です。地味です。でも名城です。

諏訪原城は、真田幸村(信繁)含め真田氏には直接的な関連はありません。ただ、真田氏がつかえていた武田氏築城の城なのでこちらにものせたいと思います。

 

感想

前回行ったのは2009年なので6年ぶりです。いい意味で大分変っていました。以前は山の中に無造作に残っている感じがありました。それが草などが伐採され整備され大分見やすくなっていました。特に二の曲輪中馬出しのすごさがよく分かるようになっていました。以前行ったことがある場合でも、もう一度行ってみるといいと思います。

諏訪原城へのアクセス・場所は ↓
JRの金谷駅からも頑張れば歩けます。いろいろな書籍では徒歩20分とあります。私は車で行きました。

 

どんな城?

まず最初に、「諏訪原城どういう城なのか?」です。

歴史

諏訪原城は1573年天正元年に武田勝頼が遠江侵攻の拠点とするため築城されました。城内に諏訪神社があることから諏訪原城の名前がついたと言われています。

そうした戦略上の目的があり築城された諏訪原城ですが、1575年の長篠の合戦で武田軍が徳川軍に大敗した後、徳川家康に攻め落とされました。そして1582年に武田氏が滅亡すると徳川家康にとってこの城の必要性もなくなり廃城となりました。

特徴

諏訪原城の特徴ですが、武田流築城術の典型の城と言われており堀と馬出だらけです。実際に目で見てみるとよく分かるのですが山の中に堀があるのに堀がでかいです。山城の中でも名城といっていいと思います。

諏訪原城の縄張りはパンフレットがよく分かります。クリックすると大きくなります。それでは、パンフレットの番号に従ってみていきたいと思います。

諏訪原城パンフレット

 

あと、推定復元図もパンフレットに載っています(学研戦国の堅城Ⅱから転載)。諏訪原城の復元図はこんな感じです。イメージわきやすいです。

諏訪原城復元図

 

入口

まず駐車場です。ここから変わっています。以前は砂利の駐車場しかなかったが手前が舗装されトイレも出来ていました。車が何台か駐車されていましたが城内では誰とも会いませんでした。(写真はすべてクリックすると大きくなります。)

諏訪原城駐車場

そして入口に綺麗な看板も立っています。その横にはパンフレット置場もあります。これは無料です。中は上のような縄張り図(案内図)があるのでこれを見ながら歩くと城の造りがよく分かっていいと思います。

諏訪原城パンフ置場

 

大手南外堀から中へ

最初に出てくるのが大手南外堀です。若干へこんでいるので堀かな?とう雰囲気を感じることができます。

大手南外堀

その先を進むとすぐに見えてくるのが茶畑です。諏訪原城は牧之原台地にあるので今は茶畑の中にあるといった感じです。その先を右方面へ進みます。

諏訪原城茶畑
道に沿って進んでいくと最初に出てくるのが大手曲輪(武家屋敷跡)です。写真の白い看板に武家屋敷跡と書いてありますがこれは昔からある案内看板です。

諏訪原城武家屋敷跡

そのあとが大手北外堀です。これも大きな堀ではありませんが雰囲気を感じることはできます。

ここから順路に沿って二の曲輪中馬出へ歩いて行くのですが、すぐ横に大きな堀があるのです。これが外堀です。写真では分かりにくいですがすごいです。
諏訪原城外堀

少し歩くと二の曲輪中馬出が見えてきます。ここは整備される前はよく分かりませんでしたが、整備されてよく分かるようになりました。一番の見どころです。

諏訪原城馬出し

中編へ続く。

後編はこちら

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